雨の日は一緒に 


パーソナル・データ

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 デート、デート、デート。
 斯波さんに食事に誘われた。実は私、車で食事に行くというデートは初めて。学生の頃の彼氏は車を持っていなかったし、社会人になってからは彼氏自体がいなかった。  
 働いていた会社は年配の人ばっかり。出会いなんてなくて、お父さんと同じくらいの上司に「うちの息子はどう?」とか言われていた。もちろん、そんなのは断っていたけど。だって、まだ24なんだもの。もっと、ときめく出会いはあると思っていたから。
 でもリストラされて、そんなに現実は甘くないんだって思い知らされた。なのに、こんな素敵な出会いがあって。嘘みたい。

 そう、嘘みたいなの。


 「麻友ちゃんは素敵な人だよ」って斯波さんは言ってくれたけど、お風呂の鏡に映る自分を見て溜め息が出る。ホント、普通だよ。私。
 あんな素敵な人が彼だなんて可笑しいって思っちゃうくらい。

「前の恋人とか綺麗だったんだろうな」

 これはあくまでも憶測だけど、きっとそうなんだろうなって思うの。

「なんで、私なんだろう」

 ずっと疑問に思ってる。一目惚れされるほど綺麗でもない私。あんなに優しくされるのが不思議でならない。そして、それは不安に繋がっている。
 だって私、よく考えたら斯波さんのこと、全然知らないんだもの。
 知っているのは社員証に載るようなことだけ。「本当の僕を好きになって」って言われたけど、実際会っている斯波さんのことすらよく知らない。


 今日、久しぶりに洋服を買った。会社を辞めてから、ずっと我慢していたけど買ってしまった。ずっと欲しかったボレロつきのキャミワンピ。

「髪もどうしよう…」

 ストレートのロングをいいことに、美容院にもいかず放ったらかしの髪。毛先が少し痛んでいるから、トリートメントをしっかりしておこう。そうだ、明日は巻いていこうかな。少しでも大人っぽく見えるように。斯波さんの隣に少しでも相応しいように。
 時間をたっぷりかけて入ったお風呂。冷蔵庫で冷やしたローズヒップ・ティを飲みながら、ブラインドを上げる。

 「あ、星きれい」

 窓から見た空には数個の星。明日は晴れるといいな。




 当日、待ち合わせたのは駅のロータリー。斯波さんは、白いセダンの車で待っていた。お天気は晴れ。珍しくカラリと乾燥した空気。私の巻き髪も綺麗に巻けた。

「お待たせしました」
「あれ、少し雰囲気が違うね」

 さすが斯波さん。すぐに私の努力に気づいてくれた。

「いつものまっすぐもいいけど、今日は大人っぽいね」

 はい。斯波さんに合うように頑張りました。と、言いたいけど結局「ありがとうございます」しか言えない私。中身はそう簡単には変わらない。

「麻友ちゃんは好き嫌いはない?」
「はい。だいたい大丈夫です」
「そう、良かった」

 そう言って、斯波さんが連れて来てくれたのは閑静な住宅街にあるフレンチレストラン。目立たないけど有名なのかな。満席に近いくらい賑わっている。

「ご予約の斯波様ですね。こちらにどうぞ」

 でも、ちゃんと予約をしていてくれたみたい。すぐにリザーブ席へと通された。
 店内はカップル以外にも、女の子グループも多い。斯波さんが店内に入った瞬間から彼女たちの視線が熱い。 そして、次に続く私への視線が痛い。

「麻友ちゃん、コースでいいかな。苦手なものがあったらアラカルトにするけど」
「大丈夫そうです」
「じゃあ、コースにしようか。僕は車だから飲めないけど、麻友ちゃんは何か飲む?グラスワインとか」
「いえ、私もいいです」
「そう? でもそれじゃあ寂しいな。食前酒にベリーニとか頼もうか」
「ベリーニ?」
「ピーチ味のカクテルだよ。甘いから好きだと思うよ」

 斯波さんはメニューを見ながらぱぱっと決めると、ウェイターさんを呼んだ。こういうの慣れているのかな。

「斯波さんはこういうところには、よく来るんですか?」
「こういうところ? うーん、昔は来たけど今は滅多に来ないよ。すごい久しぶり」
「そうですか」

 昔は来たって、女の人とだよね。男同士では来ないよね。……複雑。

「―― 気になる?」
「…気になります。だって、私、斯波さんのこと何も知らないんだもの」
 
 覗き込んだ目が少し笑っていたから、私は口を尖らせて拗ねてみた。

「じゃあ、今日は麻友ちゃんが知りたいこと聞いて。答えるから」
「知りたいこと? なんでもいいんですか?」
「答えられる範囲で答えるよ」

 ちょうどその時、注文した食前酒がきた。私は薄ピンクのお酒、ベリーニを。斯波さんはペリエを飲みながら、遅いくらいの自己紹介。個展に行った時より踏み込んだ自己紹介を始めた。

「まずは、斯波さんのことを教えて下さい。誕生日とか、どこで生まれたとか、学校とか」
「パーソナル・データか。いいよ。名前は斯波絢斗、誕生日は10月3日、血液型はO型、身長181、体重は多分68キロ。出身地は神戸。最終学歴はK大学理工学部。好きな食べ物は――」

 よどみなく出てくる斯波さんのデータは立派で。ううん、立派すぎで困ってしまう。

「ま、待って。もう…いいです」
「もういいの? 次は麻友ちゃんにもしてもらおうと思っていたのに」
「え、えぇ。そんな…困ります。私…全然普通ですから」

 斯波さんの後に、私のお粗末なデータなんか言えない。見た目だけじゃなくて、中身も相応しくないようで、しょぼんと肩が落ちる。

「こんなデータは重要じゃないよ」
「え?」
「そりゃあ、知っているべきことだと思うけど。こんなこと重要じゃない。大切なことは他にあるんじゃないかな」 

 顔を上げると斯波さんと目が合った。斯波さんはにっこりと笑う。

「麻友ちゃんのことは、少しずつ教えて。ね」
「―― はい」

 私がコクンと頷いた時、コースの料理が運ばれてきた。

「うわ、美味しそう…」

 ああ、満席になるのがわかる。お料理は綺麗に飾りつけられていて目も楽しませてくれてる。そういえば、ここのお店。インテリアも素敵。すごく高価そうじゃないのに、どこか品もあって、でも温かみもある。

「斯波さん。ここのお店、素敵ですね。すごく温かい雰囲気です」

 私は前菜を食べながら、斯波さんに笑いかけた。すると、斯波さんは嬉しそうに目を細めた。

「僕ね、麻友ちゃんとそういう話がしたいな。目に映るもの感じるものを、嬉しそうに話してくれる麻友ちゃんが好きだから」
「そういう私が好き…?」
「そう。そういう麻友ちゃんが好きだよ」

 
 なんか、斯波さんの言うこと分かる気がする。大切なのって、紙の上に書けるようなデータじゃない。こんな時に、一緒に「いいね」って言えることなのかもしれない。
 もし、私が斯波さんと同じ気持ちを共有できるのなら、すごく嬉しい。それって、すごく大切なことだから。



 

 

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2011-05-28


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