雨の日は一緒に 


cats and dogs

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 パッパァァーン  

 と、鳴ったクラクションの音で、私ははっと口を手で押さえた。

「麻友ちゃん、ごめん」  

 斯波さんは、一言そう言うとアクセルを踏みこみ車を発進させる。
 私ったら、こんな時に何を言っているんだろう。運転の最中に告白なんて、きっと斯波さんを困らせた。さっき私を見つめていた目は、今はフロントガラスの向こうを見つめている。
 宙に浮いてしまった告白。私は心細くなり顔を伏せた。
 
「麻友ちゃん」

 斯波さんはハンドルから片手を外すと、口元を押さえたままの私の手を取った。 
 
「もう少しで麻友ちゃんの家に着くから、待って」

 膝の上でぎゅっと手を強く握られる。その暖かさに、さっきまでの不安は消えていく。 
 

 パラパラパラ……

 あんなにいいお天気が突然崩れ出した。まるで、私の心のように急転直下。少し強めの雨粒がパラパラとフロントガラスを鳴らす。

「雨足が強いから、手…離すよ」  

 次第に強くなる雨。ワイパーがひっきりなしに動くほどの勢いに、私の手を握っていた斯波さんの手がハンドルに戻る。まるで、バケツをひっくり返したように降る雨は、小さく聞こえていた音楽すら聞こえなくさせた。
 左右に動くワイパーが雨の滝をフロントガラスに作る。私は催眠術をかけられたように、ただぼんやりとそれを見つめていた。
 



「―― 麻友ちゃん」  

 気づいた時には、車は止まっていた。

「あれ…斯波さん…」  
「着いたよ。目、覚めた?」

 起きていたつもりだったのに、私はいつの間にか眠っていたようだった。手の先がポカポカする。ぼんやりと視線を移すと、斯波さんが私の手を握っていた。
 
「麻友ちゃん、子供みたいだね。手が暖かい」

 私はガバリと跳ね起きた。
 
「す、すみません。寝るつもりなかったのに」
「いいんだよ。やっぱり少し酔ったのかな?」

 そうかもしれない。ベリーニと雰囲気に酔ったのかもしれない。  
 でも、違う。さっきの告白は酔ったからしたんじゃないの。違うの。

「ち、違う。私――」
 
 私は、首を左右に振りながら斯波さんの手を強く握り返した。すると、斯波さんはその手をぽんぽんと叩いて小さく笑った。

「わかってるよ。麻友ちゃん」
「斯波さん…」
「だから、もう一度、聞かせて」
 
 聞かせてと言われると、急に恥ずかしくなる。さっきは、自分でも不思議なくらい自然に言えたのに。でも、土砂降りの雨に閉じ込められた私に逃げ場はない。
 私は覚悟を決めて、すうと息を吸い込んだ。

「私、斯波さんのこと好きです。―― 本当はずっと前から好きでした」

 目を瞑って一気に言う。やっぱり、こういうのって勢いなのかな。ひとこと言ってしまうと、後は堰を切ったように出てくる。
 
「雨の日に来る斯波さんが好きで、いつもこっそり見てました」
「だから、お試しとか…本当は必要ないんです」

 そこまで言って、ふうと息を吐き出した。斯波さんのリアクションが心配で、瞑っていた目をそうっと開ける。

「知ってたよ。麻友ちゃんが僕のこと好きだって」
 
―― え…?

 斯波さんは、言葉もなく目を瞬かせている私にお構いなしに続けた。

「でも、きっとそう言わないとOKしてくれそうになかったから。そうでしょ?」
「え、…そうか…な」
 
 そうかも。お試しって言ってくれなくちゃ、嘘みたいな話を受け入れられなかったかも。だって、斯波さんは私には素敵過ぎたから。

「ねえ、その時の麻友ちゃんの好きって気持ちと今のは同じ?」
「え?」

 綺麗な指、さらりとした髪、そして整った顔立ち。私が斯波さんに一目惚れした理由はそれだった。  
 でも、今、斯波さんを好きって思うこの切ない気持は、その頃と少し違う。会って、話して、彼のことを知って、優しさに触れて。もっと知りたくて、もっと知って欲しくて。もっと…

「ううん。違う…違います。私…最初は、かっこいい素敵な人って思ってました」
「うん。―― 今は?」
「今は…、私が見て知った斯波さんが…好き。優しくて、温かくて少し意地悪で…すぐ笑う ――」

 そこまで言ったら、斯波さんはクスリと笑った。

「僕、そんなに笑う?」  
「笑いますよ。すぐに、そうやって」

 そう、私の知っている斯波さんはよく笑う。笑うよ。

「きっと麻友ちゃんのことが好きだから、笑っちゃうんだね」

 斯波さんは、そう言うと私の手を離しその手を背中に回した。

「僕も、すごく好きだよ」  

 ぎゅうと強く抱きしめられる。胸と胸がぴったりくっつくくらいに強く、隙間なく。

「だめ…外から…見えちゃいます」
「大丈夫。こんな土砂降りだもん」

 斯波さんはゆっくりと私の身体を離すと、背中の手を後頭部へ滑らした。

「―― 見えやしないよ」

 そして今度は私たちの口唇が隙間なく重なった。

 

―― ねえ、斯波さん。

『斯波さんって…笑うんだね』

 こんな言葉、嘘よね。

『私…初めて見たかも』

 だって、こんなにも優しく触れているんだもの。

『斯波さんって、女嫌いなんでしょ?』


―― そうよ。そんなはずない

 私を不安にさせた言葉は、土砂降りの雨に流されるように消えていった。


 

 

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2011-06-04


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