雨の日は一緒に 


ステップ・レイン

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 あの後、私たちは公園でした初めてのキスよりもっと深いキスを続けた。酸欠になって眩暈がしそうなくちづけ。

「…すき…斯波さ…ん…すき」

 ときおり離れる口唇に、呼吸をしながら呪文のように唱える。 そうでもしないと、クラクラしてどこか遠くへ行ってしまいそうだったから。

「麻友ちゃん 、そんなに煽らないで」
「や…ちが」
「そんなに可愛い声だされたら――」

 斯波さんが困ったように口唇を離す。そして、私をぎゅうと抱き締めると、耳元で溜め息まじりの掠れた声で囁いた。

「―― 帰したくなくなっちゃうよ」

 ああ…、もう何も考えられない。
 今の言葉の意味はそういうことで、それに「いいの」と頷いたら、そうなっちゃうことで。それは、想像すらしていなかったこと。心の準備がまだ出来ていない。
 でも、嫌じゃない。 斯波さんならいい。いいの。

「斯波さん」

 私は彼の胸元で握りしめていた手を、恐る恐る背中へ回した。

「麻友ちゃん、好きだよ」

 斯波さんは寄せていた頬を戻しもう一度口唇を重ねる。今度は軽く啄むようなキスを数回重ね、すぐに解放された。私は、そのまま斯波さんの胸にコテンと頭を倒す。彼の鼓動と自分の鼓動が混ざり合って聞こえるくらいに近い。
 斯波さんは、まだカールの残る私の髪に指を差し入れ優しく梳いた。

「お土産…買ってくるから」
「――え?」
「明日から出張なんだ」
「出張?」
「このまま麻友ちゃんを連れて帰りたいけど、明日は早く出なくちゃいけないんだ」 

 斯波さんは、残念そうに目を伏せる。
 そうか。それは一緒にはいられないということか。 ほっするような、残念なような。

「1週間、神戸に行ってくる。戻ってくる日にメールするよ」
「神戸ですか」
「うん。何かお土産の希望はある?」

 お土産。うーん、斯波さんがいればいいんだけど。

「ケーキ…、ロールケーキがいいです」

 まさか「斯波さんです」とは言えずに、最近気になっていた人気のロールケーキを思い出した。

「了解。麻友ちゃんらしいね」

 クスっと笑われた時に、あちゃーって思ったけど。次に続いた言葉ですぐに吹き飛んだ。

「ちゃんと買ってくるから、その日は迎えに来て」
「迎えにですか?」
「うん。駅まで。ロールケーキ一緒に食べよう、僕の部屋で」

 斯波さんの部屋で、一緒に ――。
 それは、期限が1週間延びたということ? でも、私はそう受け取って小さく頷いた。いいの。斯波さんのこと、もっと知りたいから。

「じゃあ、会えない1週間ぶん」

―― もう一度

 斯波さんの腕の中から起こされ、そっとくちづけられる。
 止んできた土砂降りの雨の代わりに、車の窓に出来た白い吐息のヴェールが外からの視線を遮った。



「―― 麻友ちゃん、麻友ちゃん」

 数回、名前を呼ばれてはっとした。

「麻友ちゃん。どうしたの、ぼぅとして」

 心配そうに覗きこんだのは珈琲喫茶のマスター。いけない、仕事中だったんだ。

「す、すみません」

 実は今日は約束の1週間目。今朝、斯波さんからメールが届いていた。『5時に会社の最寄り駅に着くから、A7出口付近にいる』って。
 それを見てから、私は舞い上がっている。朝食のパンは焦がしちゃうし、洗濯は洗剤の代わりに柔軟剤で回しちゃったし。それに、お店でも危うくカップを落としそうになって。

「今日はデートなの?」

 マスターが、お皿を拭きながら聞いてくる。

「―― はい」
「そう。何時に待ち合わせ?」
「5時に駅で」

 すると、マスターは壁の時計をチラリと確認して微笑んだ。

「もう上がっていいよ」
「え、でも。まだ…」
「少し早いけど、色々したくとかあるんじゃない?」

 確かに、最後までやっていると約束の時間にはぎりぎりだった。お化粧を直す時間もないくらい。

「すみません。じゃあ、お言葉に甘えていいですか?」
「いいよ。楽しんでおいで」

 楽しんでと言う言葉に、思わず赤面する。こらっ、私。舞い上がりすぎだぞ。


 私は小雨の中、愛しい恋人に会いに駅へと向かう。その足元には小さな水たまりがたくさん。それを避けるように歩く私は、まるでステップを踏むように軽やかだった。


 

 

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2011-06-06


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