雨の日は一緒に 


雨に溺れて

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 外は雨。ザァザァと雨の音が聞こえる。

 私は唇を優しく食むキスに、うっとりと目を瞑った。斯波さんにされるキスは好き。とても優しいから。でも、今日のキスは今までより少し強引で、角度が変わるたびに私の声が漏れる。
 ふわりと腰が浮くような感覚に不安になり、斯波さんの服をぎゅっと握りしめると唇がゆっくりと離れた。 

「怖い?」 
「少し…」

 こういうことは、もうずっとしていなかった。昔の経験だって僅かな回数だったし、とにかく必死だったことしか覚えていない。男の人の身体の感覚なんて、もう私の記憶にも身体にも残っていない。

「大丈夫だよ。ちからを抜いて」 

 耳元で囁かれた言葉に強張っていた身体の力を抜き、斯波さんに身を委ねる。するりと羽織っていた薄いカーディガンが肩から落とされ、露わになった肌に唇があてられた。

「麻友ちゃんはそのまま僕を感じていて」

 途中で、シャワーを浴びていなかったことを思い出したけど、次から次へと押し寄せる快感にすぐに忘れた。いつの間にか、リビングのソファから寝室のベッドに移っていて斯波さんの香りに包まれる。私は、寝室へどうやって行ったのかも覚えていなかった。

「あ…ぁん…」

 斯波さんの指が唇が私を翻弄させ、たくさん恥ずかしい声をあげてしまった気がする。でもその度に斯波さんは「可愛い」とか「好き」とか言ってくれて、私を安心させてくれた。

「麻友ちゃん綺麗だよ」

 何も纏っていない身体にキスを落されるたびに、私は魚のように身体を跳ねさせた。外から聞こえる雨音。私は、雨の海で泳いでいるようだった。
 



 斯波さんが身体に押し入る瞬間、割れるような痛みと異物感を感じた。でも、それは一時のことで、入口付近で繰り返される緩やかな刺激は、すごく気持ちがいい。昔はただ痛くて辛かった記憶しかないんだけど、その時と全然違う。
 私は目を閉じながら波間を漂うように身体を揺らしていた。その頬にちゅっと唇が触れる。

「―― 麻友ちゃん」
「えっ…あ、はい」
「起きてる?」  

 やだ。寝ちゃっているように見えたのかしら。

「お、起きてます」
「なら良かった。麻友ちゃん、気持ち良さそうな顔してるから」  
「え…?」
「気持ちいい揺れだと、眠くなっちゃうんでしょ?」

 私を見下ろしながら、斯波さんが意味深に笑う。すぐにわかった。さっきの言葉を言っているって。私の顔はかぁと熱くなる。やだ、あの言葉の意味はこういうことだったの?っていうか、私、そんなに気持ち良さそうな顔してた?恥ずかしい。

「斯波さんのエッチ」  

 両手で顔を覆うように隠すと、斯波さんはその手を剥がしシーツの上に押し付けた。縫い止められたまま見上げると、斯波さんは私の耳元で声を潜めた。

「エッチなのは嫌い?」  
「―― っ!」

 もう!その声と言葉、すごくエッチです。
 真っ赤になって言葉をつまらせた私に、斯波さんはクスクスと笑っている。でも、すぐに「はぁ」と大きく息をひとつ吐くと、ボソリと呟いた。
 
「麻友ちゃん、身体も素直すぎ。―― そろそろ限界かな」
「…え?」
「少し強くするよ」
「え?―― んっ!」  

 ああ。私、手加減されていたんだ。さっきまで凪いだ海を漂っていたのに、今は嵐の海にいる。全身が粟立つ快感に声すら出せずに一気に高みに押し上げられる。

 斯波さんは、やっぱりすごく男の人で大人だった。綺麗な顔も優しい話し方も斯波さんだけど、私の中で今、強く暴れているのも彼。少しどころか、とっても意地悪でちょっぴりエッチで。でも、優しくて。すごく優しくて。

「すき…斯波さん…好き」  
「麻友ちゃん…麻友。名前…呼んで」

 ぎゅうと抱きしめられる。その夜、私は斯波さんの名前を何度も呼びながら雨の海に溺れた。



 
 雨音が静かな部屋に響いた。
 私は絢斗さんの腕に抱きしめられながら、ウトウトとまどろんでいた。

「雨…か」  

 独りごとのように、絢斗さんが呟く。起きていたんだ…。寝ているのかと思っていた。

「絢斗さん…?」
「えっ、ああ…起きていたの?」

 私の声に、絢斗さんは少し驚いたように笑う。お互い、寝ていたと思っていたんだね。  

「雨、嫌いなんですか?」

 絢斗さんの胸に頬を擦り寄せながら聞くと、彼は私の髪を指に絡ませながら頷いた。

「嫌いじゃないけど、夜の雨は苦手かな」
「どうして?」  
「雨の日に、この部屋でひとりでいると無性に寂しくなるからね」

 少し寂しそうな声に、私は身体を起して絢斗さんの顔を覗き込んだ。絢斗さんの目は泣き出しそうな空の色をしている。私たちと少し違う目の色に初めて気づいた。   

「絢斗さんの目…綺麗」
「色が違うでしょ。外国の血が入っているらしいよ」
「らしいって……、ハーフとかじゃなくて?」
「うん。会ったこともない遠い親戚の血。何故か、僕に強く出ちゃってね」

 そうなんだ。色素の薄い髪も、男の人にしては白い肌も目の色もそのせいなんだ。  

「子供の頃はもっとガイジンぽかった。中身は生粋の日本人で日本のことしか知らないのに、ガイジンにしか見えなかったよ」

 あまりいい思い出がないのかな。話している絢斗さんは何か辛そう。よくわからないけど、子供って無意識で残酷だから外国人ぽい外見は色々と辛かったのかもしれない。  
 その姿は、いつもの大人の絢斗さんと違って寂しそう。私は、いつも絢斗さんがしてくれるように、ぎゅうと抱き締めてあげた。

「私は、どんな絢斗さんでも好き。今の絢斗さんしか知らないから、その頃のことはどうしてもあげられないけど」

 でも、今、寂しい気持ちでいる絢斗さんは私が守ってあげる。どのくらい役に立つかわからないけど。

「ありがとう」
「うん…」  
 
 私がコクンと頷くと、ずっと髪を弄っていた手が背中から腰に下りてきた。

「身体…大丈夫だった?」  

 えっと、大丈夫っていうのは…

「もう一回。麻友の中、入りたい。―― いい?」

 そっと耳打ちされる。寂しそうだった目は、もう熱っぽい目に変わっている。 もし今も心のどこかに寂しい気持ちが少しでもあって、それが私で満たしてあげられるなら、何回でも抱いて欲しい。いつでも雨の海に行ってあげるよ。

 私は、言葉を出さずにコクリと頷いた。そして、絢斗さんの唇に自分のそれをゆっくりと合わせた。私、今までよりも、絢斗さんのもっと深いところに行けたのかな。
 

 

 

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2011-06-09


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