雨の日は一緒に 


ふわふわスクランブルエッグ

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「麻友…まーゆちゃん」  

 んふ。夢の中の斯波さんが私を呼んでる。しかも、感触付き?額の髪が梳かれて気持ちいい。最近の夢って、凄いね。ん……?
 
「し、斯波さんっ!」

 感触付きの夢などあるわけがなく、眠る私の横で、斯波さんが私の髪を梳いていた。  
 そうだった。私たちは昨日から一緒だったんだ。しかも、明け方くらいまで色々としていたわけで、窓から差し込む光は強く。たぶん太陽はもうてっぺん。

「おはよう」  
「……おはようございます」

 私は、多分ずっと前から起きていた斯波さんから顔を隠すように布団に潜った。昨日の夜は魔法にかかったように大胆になれたけど、朝がくれば魔法は解ける。この状態はすごく恥ずかしい。  

「お腹すかない?」
「え…?」  
「僕、死ぬほどお腹空いてる」

 このシチュエーションとはかけ離れていることを言われ、そろりと布団から顔を出す。  

「朝ごはん作りましょうか?」
 
 条件反射のように聞いた。

「ホント?」
「あ、はい。いつも食べているので良かったら」
「麻友ちゃんのいつもの朝ごはんって、どんなの?」  
「朝はパンが多くて…。スクランブルエッグとベーコンとかサラダやフルーツを少しずつ」

 私の定番の朝食を言うと、斯波さんはうんうんと頷き少し考えて布団から起き上がった。  

「じゃあ必要そうなもの買ってくる。その間にシャワー浴びていて」
「え…」  
「僕は一緒でもいいけど、今朝はひとりの方がいいでしょ」

 斯波さんはそう言って、私の額にちゅっと唇を落とした。 そうか。みの虫状態の私に気を使ってくれたんだ。 

「シャワーはすぐお湯が出るよ。タオルは置いてあるの使って。30分くらいで帰ってくるから」
「は、はい」  

 斯波さんは、ベッドの下に落ちている下着をつけると、クローゼットから私服を取り出しささっと着替える。 そして、思い出したように付け加えた。 

「あ、それと、名前」
「え…」
「昨日は名前を呼んでくれたのに、また斯波さんに戻ってるよ」  

 にっこりと笑われた。
 
「じゃあ。行ってくるから。ね、麻友」 

 敢えて強調するように名前を呼ばれて、パタンとドアが閉まる。
 私はしばらく呆然としていたけど、30分後には絢斗さんが帰ってくることを思い出し慌てて飛び起きた。  



 脱衣所の鏡に映った自分の姿には、昨晩の名残がいくつも残っていた。思い出すと、恥ずかしさと一緒に別な感情も湧いてきてお腹の奥がきゅんとする。な、何思い出しているのよ。慌ててバスルームに飛び込む。私は、心を惑わす夜の名残を洗い流す為にシャワーのコックを捻った。  

 ここには手ぶらで来てしまったから、しっかりとシャワーを浴びるには色々と足りない。だからシャワーは簡単に済ませ、棚に置いてあったバスタオルを身体に巻きつけ寝室に戻った。ベッドの下にまとまって脱ぎすててある私の服。いつの間に脱いだのか…、いや脱がされたのか。再び色んなことを思い出し、ひとりで赤面する。
 しっかりしろ、私。もう少ししたら、本人とご対面なんだぞ。自分を叱咤する。それでも、いちいちきゃあーと思いながら脱いだ服を1枚1枚身につけ始めた。


 寝室は絢斗さんの書斎も兼ねていて、ベッドの他に大きな机と本棚があった。  
 本棚の中には「建築学」関連の本がたくさん。デザインの本も資格の本もみんな建築関係のものみたい。机は設計用の斜めになったもの。ここで図面を書いたりとかしてるのかな。
 部屋を見回していると、ガチャリと鍵の開く音がした。ちょうど30分くらい経ったところかも。私がパタパタと玄関に迎えに出ると、スーパーの袋を下げた絢斗さんが帰ってきたところだった。



「上手いもんだね」

 絢斗さんが、プライパンの上でふわふわに混ざる卵を見て感心する。 実は、ふわふわのスクランブルエッグ作りは得意だったりする。まさかこんなところで役に立つとは…。お料理、好きで良かった。 

 買ってきたパンはバケット。後、ベーコンとカットされた野菜とフルーツ。サラダは洗って冷蔵庫へ。フルーツはお皿にあけかえてこれも冷蔵庫にしまっておいた。
 「チン」とトースターが鳴り、パンが焼き上がる。絢斗さんは、私の横でパンにバターを塗り始めた。
 こうしてふたり並んでキッチンに立っていると、まるで新婚さんみたい。なんて図々しいことを思っちゃったりして。

「これで完成?」
「はい」

 焼き上がったパンに、スクランブルエッグと焼いたベーコン・サラダを添える。コーヒーを二人分入れてフルーツを出したら朝食完成。私たちはリビングのローテーブルに食器を並べた。
 
 少し量が多かったかなって思ったけど、二人分の朝食はどんどん皿から消えていく。絢斗さんは「死ぬほどお腹が空いている」と言った通り、あっと言う間に平らげた。私も、いつになくお腹が空いていて後を追うように完食。

 さっきまでは、顔を合わせるのもどうしようかと思うくらいドキドキしていたのに、一緒に朝食の支度をしたせいか大丈夫になっていた。

「ごちそうさま。美味しかったよ」
「はい」

 昨日、ここでロールケーキを食べてから、たった12時間。それだけしか経っていないのが不思議なほど、私たちを包む空気は変わっていた。優しく穏やかなものに。
 
 


 

 

 

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2011-06-12


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