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僕の楽しみ、君のお願い (2) 【R15】


 



入浴剤を入れたお湯は、トロリととろみのついた乳白色だった。
雑貨屋の店員さんが言った通り、湯船のお湯はお肌にとても良さそうで、私は手ですくっては肌に擦りつける。

「まーゆ」

でも、本当は目の前の現実から目を逸らそうとしていただけ。
だって、やっぱり恥ずかしいんだもの。

「……はい」

縦長の浴槽の向こう側には絢斗さんがいる。
もちろん裸。
絢斗さんの裸は見たことはあるし今更なんだけど…。
目の前の絢斗さんは、濡れた髪をオールバックにして普段みることのない額が露わになっている。

「このお湯、ずいぶんトロリとしているね」
「そ、そうですね」

いつもはサラリとしている髪を両手で後に掻き上げている姿を見て、ノックアウトされてしまった。
髪を掻き上げる時の、肩から二の腕にかけての筋肉の動き。

「今はもうペンより重いものを持っていないよ」

っていうけど、私を抱っこして持ち上げることだって出来るんだもの。
筋肉がついているのは当たり前なんだけど。
その身体と濡れた髪は想像以上にセクシーすぎて。
私はさっきから直視出来ずにいる。

「麻友。―― どうしてそんなに遠くにいるの?」
「どうしてって…。あの…」
「せっかく一緒に入っているんだから。ほら、こっちにおいで」

絢斗さんが、手招きをする。
それでも私が尻込みをしていると、すぅと身体が近寄ってきて胸元を押さえていた腕が外された。

「こっちにおいで」

そのまま引き寄せられ、絢斗さんの胸に飛び込む…、という瞬間。

―― つるん

とろみのあるお湯で足元を滑らした私は、とっさに絢斗さんの下腹のあたりに手をついてしまった。

「きゃ、…あ…」

その時、手に触れてしまったものが何かはすぐに分かり、慌てて手をどける。
絢斗さんが私に触れることはたくさんあるけど、私が絢斗さんに触れたことはない。
いや、実際は触れ合っているんだけど。
こうして、手で触るのは…むにょむにょ…。

「ご、ごめんなさい」

私が触れてしまった手を引っ込め絢斗さんに謝ると、その手をもう一度引っ張られた。
二重の恥ずかしさに顔も上げられない。

「謝ることないよ」
「絢斗…さん」
「僕が麻友に触るように、麻友も僕に触って」

ゆっくり顔を上げると、絢斗さんと視線がぶつかった。

「…ね?」

いつもより熱っぽい視線と声に、私は魔法をかけられたようにコクンと頷き、そっと手を伸ばした。






「はい。お水」

すっかりのぼせて、ベッドの上でぐったりしている麻友にコップを渡す。

「は…すみません…」

麻友は申し訳なそうにコップを受け取ると、乾ききった土が水を吸い込むように一気にコップの水を空けた。
コクコクと音を鳴らして動く細い喉は、火照って綺麗なピンク色。
謝る必要なんてないんだ。
だって、麻友をこんなにしてしまったのは僕のせいなんだから。

「大丈夫?」
「はい…」

僕は、調子に乗りすぎた。
一緒に入るだけでも嬉しかったのに、思いもよらぬプラスアルファまでついてきたものだから悪戯がすぎた。

麻友とは、もう何回も肌を重ねているけど、控えめな麻友が僕に触れてくることはない。
どちらかというと、僕も麻友に触れて悦ばせることの方が好きだから、敢えてお願いすることもなかった。

「のぼせちゃったね」

でも、麻友が触ってくれていたのはほんの僅かな時間で、僕が麻友に触れ始めたらすぐにその手は止まってしまった。

「だって、絢斗さんが……」

とろみのついたお湯の中で、いつもより滑らかに滑る肌を楽しみ過ぎた。
麻友は何度も高みに昇りつめて、昇りつめて……。
気づいた時には僕の胸に真っ赤な顔をして頭を倒していた。

「ごめんね。――もう、懲りちゃったかな?」

麻友から受け取った空きコップをサイドテーブルに置き、麻友を引き寄せる。
これで、一緒にお風呂はしばらくなくなるかもしれないな。
自業自得とはいえ、少々残念な気持ちになる。

「―― ううん」

でも予想に反して、麻友は顔を伏せたまま首を小さく振った。

「じゃあ、また一緒に入る?」
「―― うん…」

ああ、どうして君はそんなに僕に甘いのかな。
だから僕は、その何倍も何十倍も君に甘くしたくなっちゃうんだ。

「よかった」

麻友の顔にたくさんキスを落とす。

「でもね。お願いがあるの」
「なに?」
「今度は、あまり……その…触り過ぎないで。――――― おかしくなっちゃうから…」

赤い顔を更に赤くしながら、控えめすぎる麻友のお願い。
でも、それを約束する自信はないな。
だって、君は可愛すぎるんだもの。
その身体全部を触って、感じさせて、なかせたくなるくらいに。

「――― 善処するよ」

国会議員並みの信用出来ない返事を返して、僕は麻友をシーツの上にそっと倒した。





あれから僕は麻友を風呂に誘うことはない。
代わりに、麻友が僕を誘ってくれるから。

「絢斗さん、……一緒に入りませんか?」

明らかに挙動不審な麻友に気づいても、気付かぬふりをしてその言葉を待つのが、今では僕の楽しみになってきているのは。
麻友には秘密。
 


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2011.07.27. up.
 


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