雨の日は一緒に   《絢斗編》


ふたつの始まり

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 その日は朝からよく晴れていた。
 現場も外観はほぼ完成し、内装にとりかかっている。僕は内装業者と現場で詰めの打ち合わせをして、帰社したのは午後3時をまわっていた。

 企画部は来月から始まる神戸でのプロジェクトで盛り上がっている。先月、大阪支社と企画を競い勝ち取った大規模開発で、企画部始めって以来の大プロジェクト。

「斯波、ちょっといいかな」

 企画書を手にデスクに来たのは、この企画の現地担当をする加納裕也だった。
 彼は現場に出た僕と入れ替わりに、九州支社から企画部に栄転してきた。これまで企画は僕と同期の小池千鶴を中心に引っ張ってきていた。僕が現場に出ることで女性の小池君に負担がかかることを懸念していたが、彼が来たことでそれが払拭された。彼はもうすでに企画の中心となって活躍している。

「神戸の件かい?」
「ああ。近いうちに現地を見に行こうかと思っているんだけど、都合はどうかと思って」

 今担当している公園横のマンションはもう終わりが近い。神戸出身ということもあり、現地に不慣れな加納をフォローしてくれと部長から指示を受けたばかりだった。
 ちょうど神戸には一度戻ろうと思っていた。

「こっちはいつでも構わないよ。日程が決まったら連絡して」
「そうか。悪いな」

 神戸で色々とやらなくてはならないことがあった僕にはいい機会だった。

「あ、そうそう。斯波、こういうの興味ある?」

 デスクを立ち去ろうとした彼が僕の前に2枚のチケットを差し出した。それは社が協賛している個展のチケットで、前評判は良く社員割り当ての競争率は高かった。

「行こうと思って手に入れたんだけど急用と重なって行けなくなった」

 チケットには個展の入場券と別に庭園の入場券もついている。ここは確か庭園の評判も高い美術館だ。

「そう言えば、併設されている庭園の薔薇も見ごろだって」

 薔薇…。淡いピンクの薔薇の蕾を見て微笑んだ彼女の顔を思い出す。

「それ、―― 譲ってもらえないか?」

 きっと彼女は好きだろう。庭園に咲き乱れる薔薇の花の中で微笑む彼女が、僕の脳裏に鮮やかに浮かんだ。







 社を出ると、外は雨だった。快晴だった朝が嘘のような大雨。
 どうせ降るなら昼間に降れば良かったのに、と思いながら社のエントランスで紺色の傘を広げる。そのまま外で食事をとり自宅マンションへと向かった。ロビーのポストで郵便物をとりエレベーターに乗る。新聞に挟まれるようにあった封書の差出人を見て、思わず胸が高鳴った。

 それは以前に応募した個人住宅のデザイン賞の結果連絡だった。
 まさかこんなに早く結果が出るとは。
 今までマンションのデザインばかりしていた僕には挑戦にちかい応募だった。でも、この挑戦を通して、自分がマンションのような多数の人たちを対象とした住宅をデザインするより、個人のために家をデザインする方が向いていると感じた。


 玄関のドアを開け、駆け込む様に靴を脱ぎ大股でリビングへと向かう。そのままリビングを素通りすると、僕は書斎兼寝室の扉を開けた。ドラフターの横にある脇机の引き出しに手をかけ中からペーパーナイフを取り出す。そして、ナイフの刃先を封書にそっと差し込んだ。
 封書を破る手が心なしか震えた。いつもよりゆっくりと丁寧に封を開く。

―― 佳作…

 想像以上の結果だった。驚きとともに心に浮かんでいたことが強い決心に変わる。
 そして僕は携帯を開き、ある人へとダイヤルを回した。





 

 

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2012-05-27


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