雨の日は一緒に 


秘密の花園

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 私が珈琲喫茶に着いた時には、彼はもういつもの席で待っていた。

 彼は私に気づくと「どうぞ」と、向いの席を勧める。私は軽く会釈をして彼の前に腰かけた。いつも彼が座る席に、こうして向かい合って座るなんて。まるで、夢を見ているみたい。

「すみません、お待たせしちゃって」    
「いいえ、少し早く着いたから。それより急に誘って、迷惑じゃなかったかな?」    
「いえ、迷惑だなんて…。返ってこちらこそ気を使っていただいて…申し訳ありません」
「やだな。謝らないでよ。お礼をしたいのはこっちなんだから」    
「でも……」
「それに、このチケット。ほら、見て」

 彼にチケットのスポンサー欄を指さされて見ると、そこには社員証に書かれていた会社の名前が。
   
「社で貰ったやつだから、そんなに恐縮しないで」

 「ね」と言う彼に、高いチケットだと思っていた私は少し気持ちが楽になった。

「じゃあ、そろそろ行こうか?」    
「はい」

 私たちは、カウンターに中で微笑んでいるマスターに挨拶をして珈琲喫茶の扉を開けた。

   

 彼はここに来るときはいつもノーネクタイにジャケット。今日も同じようにジャケットにシャツを合わせているけど、いつもよりラフな感じ。私は散々悩んだあげく、少し明るめのサマーニットを選んだ。普段はジーンズが多いけど、今日は膝丈のフレアスカート。
 良かった、バランスはいいかも。

「今更だけど、僕は斯波絢斗。君は…」
「戸田です。戸田麻友子です」
「戸田さんか。でも、麻友ちゃんって呼んでいいかな」
「はい…」

 私たちは簡単な自己紹介をしながら、駅へとむかった。
 そうか、今日は電車で行くんだ。

「もしかして、車の方が良かった?」
「え、いいえ。私はどちらでも構いませんけど」
「なら、良かった。本当は車にしようと思ったんだけど、初めから車じゃ怖いかと思ってね」

 怖い? 私は、とっさに斯波さんの言うことが理解出来なかった。

「―― 斯波さんって運転荒いんですか?」    
「え…違うよ。いきなり知らない男の車は嫌かと思った…てこと」

 斯波さんがクスクスと苦笑いしながら言うので、私はその意味を理解した。うわっ、天然バカだ。
     
「ご、ごめんなさい。私の中の斯波さんはそんなイメージじゃないから……」

 斯波さんに怖いとか男とかという言葉は全然結びつかない。 なんて言うんだろう。斯波さんは草食系とは違うけどガツガツしてなさそう。うーん…、やっぱり紳士って言葉が一番似合う感じ。
 そんな私に、斯波さんは悪戯な顔で微笑んだ。
   
「どんなイメージだかわからないけど、もしかしたら期待を裏切るかもしれないよ」
「え…?」
   
 見たこともない彼の表情に胸がどきりとしてしまう。

「さあ、電車が来たよ」
「あ、はい」

 私たちは少し蒸し暑い電車に乗り込むと、個展の開かれる美術館へと向かった。
 窓から見る空模様は少し曇り空。今日は雨、降らなければいいのに…。なんて、いつもとは正反対の勝手なことを祈った。


   
「ここ、素敵ですね」

 私たちが行った美術館は、併設されている庭園がとても素敵だった。個展も素敵だったけど、私は断然、庭園の方に惹かれた。色取り取りに咲く花を私は夢中で見て回る。
 斯波さんはポケットに手を入れながら、私の後をゆっくりとついてきた。

「やっぱり麻友ちゃんはこっちが好きか」    

 その言葉に、私の足が止まる。 

「やっぱり…って?」

 首を傾げる私に、斯波さんは困ったように笑った。

「黙っていたけど、僕ね麻友ちゃんのことずっと前から知っていたんだ」
「え…、ずっと前からって…」

 その意外な言葉に、私は目を見開いた。斯波さんは、そんな私を見て小さく微笑む。

「あそこに、お茶が出来る店があるから。そこで話そうか」    

 斯波さんが指を指したほうには小さな美術館併設のカフェ。建物のまわりにはバラの花が咲き、入口にはツル薔薇のアーチ。まるで秘密の花園に出てくる建物のよう。
 私が可愛いカフェに目を奪われていると、斯波さんは苦笑しながら付け足した。

「麻友ちゃんは花だけじゃなくて、お茶も好きだったよね。後、カップも」

「は ―― は…い」
   
 びっくりして、返事が遅れた。
 どうして、不思議。どうして私の好きなものまで知っているの? 私はキツネに抓まれたような顔で斯波さんを見上げた。
 驚く私を見て、斯波さんが綺麗な顔で笑う。

「さ、行こうか」

 そして呆然としている私の手を取った。それは余りにも自然で、私は魔法がかかったように彼に引かれるままついて行く。

 本当に秘密の花園に迷い込んだみたいだった。

   

 

 

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2011-05-22


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