雨の日は一緒に 


ずっと一緒に

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 絢斗さんに「一緒に神戸に来て」と言われた日から、私の生活は一変してしまった。

「麻友のご両親に挨拶に行かなくちゃいけないね」

 一緒に映画を見た翌朝、ベッドの中で絢斗さんは私の髪を弄りながら呟いた。確かに、結婚って話は出たけど…。もう、挨拶に来るって。 

「あ、あの。早くないですか?」
「どうして?だって、大事な娘さんを神戸まで連れて行くんだよ。ちゃんと許しを頂かないとダメでしょう」
 
 驚く私に、かえって驚いた様子で窘められた。そんな風に大事に思われているのは嬉しいけど。ずっと、恋人の「こ」の字すらなかった娘がいきなり結婚とか言って、こんなスペシャルな人を連れて帰って来たら。きっと、天地がひっくり返ったくらいの大騒ぎになる。

「麻友は、僕が行くのは嫌なのかな?」

 実家の大騒ぎを想像して考え込んでいた私を、絢斗さんは心配そうに覗き込んだ。私は慌てて首を振る。

「えっ、ううん。そんなことないです」
「そう? じゃあ、ご両親の都合とか聞いておいて。麻友の実家に合わせるから」
「あ、はい」

 絢斗さんは、片肘をついて私の顔を見ながら続ける。

「新しい職場は1か月後に着任すればいいんだ。それまでに今の会社の引き継ぎとかするから」
「1か月後ですか」
「うん。麻友も今のアパートの解約をいれておいて。引っ越しの準備にもとりかかってね」

 なんか、昨日聞いたばかりのことがすごく現実的になってきて、私はこんなにのんびりとしていていいのかと、気持ちが焦り出した。居ても経ってもいられない気分って感じ。

「あ、あの。じゃあ、そろそろ起きましょうか」

 絢斗さんの腕から抜け出るように身を捩じらすと、ぐっとそれを阻止される。反動で転がるように腕の中に閉じ込められた。

「全部、明日からでいいよ。今日は、のんびりしよう。―― ね?」

 そう言った時の頬笑みと言葉は甘かったけど…。もう、嘘つき。結局、のんびりなんて出来なかった。私は、朝から別な意味で疲労したのだった。




 1か月はあっという間に過ぎていった。

 私の実家への挨拶も終わり、私も神戸の家を見に行った時に絢斗さんのご家族に紹介された。私の部屋の荷物は、実家と新居に引っ越しを済ませ、この1週間は絢斗さんのマンションで一緒に暮らしていた。絢斗さんも、今までの会社での引き継ぎやらをすべて終え、私たちは明日神戸に旅立つ。
 旅立つ前日、私たちは珈琲喫茶のマスターへ挨拶に行った。

「そうか、明日行くんだ」
「はい」
「いやあ、正直びっくりしているよ。まさか、こんなふうになるとはね」

 はい、私もびっくりしてます。マスターの言うことに、私も心の中で大きく頷いた。

「でも、良かったね。麻友ちゃん、斯波くんのことずっと気にしていたもんね」

 ああ…、やっぱりバレバレだったのか。上気した顔を伏せるように俯くと、マスターは絢斗さんの方を向いて笑って続けた。

「君も、いつも麻友ちゃんのこと見ていたよね」
「あ。―― バレてましたか?」
「僕のところからは店内が良く見えるからね。でも、麻友ちゃんほど分かりやすくなかったけど」

 慌てて、絢斗さんの顔を仰ぎ見る。絢斗さんは、「ね?」という感じに笑っていた。絢斗さんが言っていた、私のことをずっと見ていたというのは、やっぱり本当のことだった。信じていたけど、マスターの言葉は私に少し自信をくれた。







「麻友ー。そろそろ行ける?」
「あ、はい」

 神戸に移り住んで、私たちが出会った梅雨の時期がまた来ていた。

「ごめんなさい。もう時間だっけ」
「いや、約束は2時だからまだ大丈夫だけど。今日は電車で行ってどこかでお茶でもしよう」

 私は、1週間後に絢斗さんの奥さんになる。
 ここに移り住んで一緒に暮らし少し落ち着いた頃、絢斗さんは正式にプロポーズをしてくれた。あの時の言葉でも十分だったのに「あれがプロポーズの思い出として残るのは不本意だ」と言って、夜景の見えるお洒落なレストランで指輪と言葉を改めてくれた。
 結婚するのは、ふたりが出会った梅雨の時期「ジューンブライド」がいい。と言う私の願いを聞いてくれて、半年以上経ってようやく式をあげる。

 神戸の街は、異国情緒の趣のある建物や街に漂う雰囲気がとても気に入っている。
 私は結局、またあの珈琲喫茶のようなお店でアルバイトをしている。正社員になって働くことも考えたけど、そんなに遠くない未来に奥さんだけでなくママになる可能性だってあるような気がして…。
 そのくらい、私は絢斗さんに愛され幸せに暮らしている。

「今日は、ブーケとベールの打ち合わせだっけ?」

 絢斗さんは、下駄箱から靴を出しながら聞いた。

「うん、そう。後、パーティの食事の最終決定かな」

 私たちは教会で式をあげ、併設されたフレンチレストランでガーデンパーティをする。梅雨時っていうのが心配だったけど、雨が降ったら室内でも出来るらしく思い切って決めた。

「ブーケの花は、あのバラにするの?」
「うん。私、あのバラが一番好きだから」
「そうだね。あのバラは麻友っぽくて僕も好きだよ」

 私がブーケに選んだ花は、真っ白の花ではなくペールオレンジのバラの花。柔らかな淡い肌色が、優しそうな雰囲気ですごく気に入っている。

「あ、降ってきてるね」

 玄関を出ると、雨が音もたてずにシトシトと降っていた。静かな雨。

「絢斗さん、傘」

 私は傘立てから、絢斗さんの紺色の傘と私の白地に紺の水玉の傘を出した。マンションのエントランスを出て、ふたり並んで傘を開こうとして絢斗さんに止められた。

「こっちだけでいいよ」

 絢斗さんは自分の傘を開くと、私の頭上にさしかけた。相合傘だ。私は、絢斗さんの腕に自分の腕を絡ませる。 1年前には手を繋ぐだけでドキドキしていたけど、今はもう絡めた腕に頭を寄せることだって出来る。

「雨の日って…好き。絢斗さんは?」

 ずっと雨の日は好きだった。でも、今はもっと好き。だって、雨の日に絢斗さんに出会うことが出来たから。

「―― 僕も好きだよ」

 絢斗さんの言葉にこっそりと微笑む。返ってくる答えはわかっていたけど、絢斗さんの口から聞くのは嬉しいんだもの。

「でも、今はどんな日も好きだよ。麻友と一緒だから」

 絢斗さんは、こっそりと微笑んでいた私を見て笑いながら言った。やっぱり、一枚上手だ。


 私たちは目を合わせてクスリと微笑みあった。

 雨の日は一緒。でも、これからは、どんな日でもずっと一緒だね。



Fin



 

 

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2011-07-14


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